選択の科学―食べ方の自由について   

前回は、選択の科学のエピソードをもとに、
伝統と個人の選択の例について少し考えてみました。

今日は、パリ在住のアメリカ人パティシエ、
David Lebovitz さんのお話をしたいと思います。

カリフォルニアからパリへ移住したDavidさんのあまりスウィートとは言えないパリ暮らしを綴った
著書、『The Sweet Life in Paris』では、パリを訪れたアメリカ人が、レストランであれこれ質問を
しすぎる、出されたものをだまって食べずに、ああしろ、こうしろとリクエストしすぎると、本国同様に
選択の自由を求める同胞の行動に困惑している様子が書かれています。

フランスでは、レストランなどで出されたものに、質問するのはお行儀のよくない行為だと思われて
いるそうで、やはり、食のプロフェッショナルとしてサービスを提供している人たちに失礼なのだそうです。

サービスを提供する側と受ける側が信頼という絆で結ばれていなければ、そうはいきません。
さすがは美食の国、フランスですね。

日本はどうでしょうか。私が子供の頃もやはり、出されたものに対してあれこれ言うのは
お行儀が悪いから、黙って感謝して食べなさいと言われていました。

大人になってもこういう考え方が通用するのは、相手が正直かつ、良いものを提供するための
努力を惜しんでいないことが前提だと思いますが、それがかなうなら本当に幸せなことだと思います。

でも、自分の提供しているものに本当に自信があれば、質問はとても嬉しいことだし、
いろいろと知ってほしいと思うのではないでしょうか。私なら聞かれなくても説明しちゃいそうです。

Davidさんの著書やブログは、パリならではの美しくおいしい食べ物が中心ですが、
フランスで暮らす苦労や、カルチャーショックの話なども満載で、どれもユーモアたっぷりに
書かれています。

おもしろいなと思ったのは、私がアメリカで暮らすようになったときに感じた不条理と、
日本に帰国後に経験した逆カルチャーショックの両方にとてもよく似た経験をされていることです。

歴史と伝統を重んじるヨーロッパと日本に共通するルール
自由と独立性を重んじるヨーロッパとアメリカに共通するルール

少しずつ似ていて、少しずつ違っているのが分かります。

食べ物ではおとなしくしているフランス人も、他のことになると俄然饒舌になり、
自分の欲しいものを手に入れるまで、吟味と議論を繰り返します。

やはり、選択する自由を手に入れるには、みずから行動しなくてはならないようです。
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# by LespritLibre | 2012-05-21 00:00 |